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願望

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ここのところ演目作りに難渋しているアタクシ(´・ω・`)
前にジュエリーデザイナーのお友達を話をしてる時に
彼女の「私、アイディアが途切れることって無いんです」と言う言葉に
かっこいいいい!って憧れましたよ(´・ω・`)

ふと思い出したのが、昔読んだ笹倉秀雄センセの『法哲学講義』の一節
ー小説とは作者の思う真実を軸とした、別の現実を描写した「擬制」であるー
というもの。
これに乗れば、世に問いたい主張があってこその表現、となるけど

のほほんとした僕は、宮崎駿みたいな怒りの人でもないし(´・ω・`)

今日、密蜜にダンサーさんが来てくれたので
演目ってどう作ってるんですか?
って訊いてみた

曰く、願望で作ると
「こうありたい」のファンタジーを元に作るって

(。_。)φメモメモ ・・・
お勉強になりました
ありがとうございます


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フィクションとしての小説の擬制

琵琶の弾き語りとして、物語を語ることの本意を
考えたくて
法哲学者にとっての「小説」の意義を参考にしましたメモ。


フィクションとしての小説の擬制

擬制とは、実際にはAとは異なるBを本質的な類似性に基づいて、あえてAだと見なす行為。
例えば、胎児は相続について既に生まれていると見なす。と言う様に。

小説や物語とは、人生の真実を人々に認識させるため、あるいは理想を提示するため、
作者が捉えた真実を軸にして現実の描写ではないが、一種の現実と思わせる世界を構成し、
それを読み手に体験させることで真実を認識させ、あるいは理想を提示する試みである。

また、擬制と事実とが混同されてしまうのは「擬制」のマイナス面でもある。

笹倉秀雄『法哲学講義』より

3月17日

学生の時のこと
僕は休みの日にも、毎日学校の図書館で国試の勉強をしてたんですが

いつも僕以外にもう1人
救命士の学科の卒業生で、昨年の国試に失敗した先輩が
次期(当時は救命士の国試は、春と秋の年に2回あった)のため勉強していて
学科も学年も違うから知り合いではなかったけど
毎日顔をあわせるから、タバコ吸いながらちょっと話すくらいになって

「俺、遊んでばかりで国試落ちちゃったけど、君が毎日頑張ってるの見て
俺も頑張んないと、って思って」

って、ボソっと話してくれたのを、急に思い出しました

仕事とか、勉強とか
なにかの為に頑張ってる人って、たしかに
本人の意図しないところで他の人も励ましてくれてありがたい存在ですね

僕はいま、20代で作ったキャリアをリセットしちゃって
ふりだしに戻ってしまったから
また頑張らないと、って思ってはいても
学生の頃とか、新社会人だった頃の様な
徹夜でもなんでもして勉強する、みたいな
バカみたいな努力は出来なくなってしまったけど
それでも、明確な目標だってあるし
またあの頃みたいに努力したいなー
プロフィール

筑前琵琶ふう

Author:筑前琵琶ふう
ふぅ
琵琶奏者/緊縛師
歌舞伎町「密蜜-mitsu-」水木日担当
http://bar-mitsu.com
演奏・緊縛等の依頼は
minamotm@gmail.com

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